アレグロ・エネルジコ マ・ノン・トロッポ

大好きなショスタコーヴィチ先生やマーラー監督の音楽をめぐっての考察(妄想とも言います)や、
出かけたコンサートの感想などを中心にして好きなものごとについて綴っております。
最近コンサートに出かける機会が減ったので、自分のメモ用になっています。。。

ようこそお越しくださいました☆
メモがわりに書いています。



     

唯自然はかういふ僕にはいつもよりも一層美しい(後編)〜あれもこれも

(承前)

「末期の眼」になって、美しい世の中を愛でながら
逢う人逢う人に「ありがとう」などと言いながら
心穏やかに過ごそう。
この世に未練もなければ、やり残したともないしと、
「悪性腫瘍かもしれない」と言われる前までは思っていたんですね。
父親は54歳で亡くなっていて、
わたしはその年齢をすでに越えたし、
もう充分とか日ごろから思っていたわけです。
達観していたと言えましょう。

しかし、いざ、本当にやばいかもしれないという状況になってみると
ちょっと待ったーーーーーー!!!!!
なのでした。

やりたいと思いつつも、変化のない凪の状態が心地よくて、あえて抜け出そうとせずグズグズしていてそのまま「保留」になっていること、
行きたいと思いつつも、「疲れるし、億劫だし」と、その景色を見ないままで終わっている場所、
書きたいと思いつつも、「需要ないだろうなぁ」と思って、資料集めで終わっている原稿。

普通に時間が過ぎていくことが叶わないかもしれないという思いに至ったわたくし。。。。
まさに、「神様、ごめんなさい。悔い改めるので、機会をください。時間をください」状態。

それからはリスト作り。
「やる」「行く」「書く」
もうね、Wantじゃないんですよ。Must というかShouldの気分で作りました。

これが、また、いっぱいありまして。
どれだけ煩悩を抱えているんだか……と、自分でも驚いたのですが、
とりあえず長いリストができました。

そして、まさに「末期の眼」で鶴舞公園を眺めながら入院。。。
入院して精密検査まで少し時間があったので、ひたすら勉強と読書。
とにかく、時間が愛おしくてしかたがないのです。
「ああ、無駄にしていてごめんね、わたしの時間たち」
と毎晩謝っていました。

で、とりあえず経口での「ダブルバルーン小腸内視鏡」検査。
全身麻酔の拮抗剤で具合が悪くなるので
今回は自然に目覚めるのを待つという感じで
夜も遅い時間に主治医の先生がやってきました。

うううううううう。

「一回目の検査で見えたよ。よかったね、炎症性のびらんだった。
なんか、2枚のびらんがくっついていてカプセル内視鏡では丸く見えたみたい。
いやぁ、よかったよかった。退院日考えておいてね」

「は?????」

「いやぁ、こんなこともあるんだね。よかったよかった。まだ、麻酔でぼや〜っと
していると思うから、また明日くるね」

言葉がない。麻酔でぼんやりしているけど、理解はできましたよ、先生。
な、なんともなかったということでよろしいでしょうか。
と、心の中でつぶやくわたしがいたのでした。

せんせーーーー、だったら、そういうニュアンスが去年の時点で欲しかったです。

というわけで、生きた心地のしなかった1か月は
ひとりで悲劇のヒロイズムに陥りつつ、猛烈に自己反省しているうちに終わったのでした。

普段真面目に考えることのなかったことに正面から向き合う時間がもらえた
という意味では、稀有な機会ではありましたが、本当に生きた心地がしませんでした。
当たり前すぎて今更なんですが、生きてるってそれだけで本当に素晴らしい、健康という状態が
どういう状態なのか、高校生のころからわからなくなっている自分ですが、
これくらいの状態でいいので、もうしばらくこのままこの世にとどまっていたいです。

「いつまでもあると思うな親と金」という言葉ありますが、
わたしにとってはまさに「いつまでもあると思うなわが命」を肝に銘じた1か月。

ちなみに入院中一番読んでいたのは、この本。



ぐずぐずしたり、迷っている時間なんてない。
その時々、最善だと思うことをやる。
ただ、それだけ☆







唯自然はかういふ僕にはいつもよりも一層美しい(前編)

タイトルは、川端康成の「末期の眼」という文章の中にある、
芥川龍之介が死を前に遺した「或る旧友へ送る手記」からの引用です。

なんか、不穏なタイトルですが、こうしてブログなどを書いているわけですから
結果オーライなわけです。

・・・以下、プライベートにしていたのですが、その必要もないかなと思いこちらに移しました・・・

クローン氏との付き合いはかれこれ40年以上にもなります。

治らない病気ではあるけれども、うまく付き合えば何とか
なるものだと思っていたわけです。

で、大学病院へずっと通っているわけで、レミケードが始まってからは
特に症状が悪化するわけでもなく、十数年前の緊急入院を繰り返していたころとは
くらべものにならないのんびりとした日々を送っていました。
好き勝手食べてるしね。

大学病院というところは(と、一括りにして書くと語弊があるかもしれませんが)
先生の異動が激しくて、この5年ほどは毎年主治医が変わるという状況。

わたしがずっと検査を受けていないことを引き継ぎで知っている先生方は
「そろそろ検査してみない?」
と、おっしゃるのですが、
「だって、ダブルバルーン小腸造影をやると敗血症になるんですけど、いいんですかぁ」
と言うと、たいていの先生はひるんで
「じゃ、まあ、様子を見ましょうか」
ということになり、見事に6年間受けずに済んできました。

去年の秋になって、また主治医が変わったのですが、
先生も同じことをおっしゃいます。
わたしも同様の返答をします。
でも、今度の先生はひるみませんでした。
いわく「とりあえず、カプセル内視鏡をやってみて、何かあったら、ダブルバルーンにしよう」
とのこと。
カプセル内視鏡って、クローン病患者には不適応になったはずだと思っていたのですが、
年月って経っているんですね。
本物のカプセル内視鏡の前に「パテンシーカプセル」というのを飲み込んで
狭窄の有無を調べ、それがうまく回収できたら、カプセルOKということになったらしい。

そんなわけで、去年の11月14日にカプセル内視鏡の検査。
12月7日に検査結果を聞くことになりました。

「なんともなかったね。様子見ましょう」
という言葉を期待していた(というか、それしか考えていなかった)私に
先生がすごーく言いにくそうに
「クローン病は落ち着いているみたいだね。でも、なんか思いがけないものが。。。」
(ここでしばし言いよどむ)
「今日明日じゃなくていいけど、来年早々入院できない?」
などとおっしゃる。
画像を見ると、なんか、網の上に載せたもちがぷくっと膨れるじゃないですか
あんな、ぷっくりしたものが映っています。
粘膜で完全に覆われているので、中身が何かわからないから、直接見なくちゃいけない、
だから精密検査をしましょう。
ということになりました。
年明け、1月12日に入院、精密検査。

今の世の中、まあ、当然、ネットなどで調べますよね。
そしたら、なんかやっかいなものしか出てこない。
カルチノイドとか神経内分泌線種(極めて悪性度の高い希少がん)とか小腸癌(おまけに
リスクファクターがクローン病って笑えないんですけど)などなど。

生きることにあまり興味のなかったわたしが、去年の秋ごろから漠然と
「長生きしたいなぁ」と思った矢先にこれですよ。
凹みました。。。。
年末12月28日にもう一度主治医に会う機会があり、なんとなくかまをかけてみたんですよ。
「先生、あまりよろしくないものしかヒットしないんですが、カルチノイドとか」
「ああ、あと、内分泌線種とかね」(そ、それを言うんですか???)

で、タイトルに戻ります。
それ以降、世の中美しいのなんのって。

たとえば、地下鉄の中で、ご高齢のご婦人などを見かけると
「ああ、この歳まで生きていられることこそが奇跡」
とか自然に思ってしまう。

12月7日から、というか、28日以降は、まさに何も手に付かない状況。
でも、万が一のことを考えて
・捨てるものは捨て
・エンディングノートを書き直し
・保険証書などを確認し

「ああ、いい人生だったな。やり残したことはない」

と、思ったらそうでもなかった。。。。。

つづく

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ショスタコーヴィチ先生が聴ける演奏会♪ 2017〜2018

忘れたころにこっそり更新

こちらの演奏会情報ですが、2015年5月〜2017年6月現在、実質上お休みの状態になってます。。
すみません。


あくまでも個人的な趣味でやっています。全国の演奏会をすべて網羅しているわけではありませんので、記載モレがあってもどうぞお許しください。演奏会の詳細につきましては主宰団体のサイトなどでご確認ください。
演奏会情報随時募集しています

☆演奏会が終了したものについては、月が替わった時点でこちらに移動します。
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2017年

【6月】

・2日(金)、3日(土) 名古屋フィルハーモニー交響楽団:交響曲第12番(愛知県芸術劇場コンサートホール)





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いつものことだが、さぼりおって!
byタコ先生


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色々なことがありました。(不動産売買編)

本当にね、いろいろあった年でした。続きを読む

名フィル第424回定期演奏会でI'm Back!!!なのです♪

名古屋フィルハーモニー交響楽団 第424回定期演奏会

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メンデルスゾーン
序曲『静かな海と楽しい航海』作品27
プレトーク
川瀬賢太郎さんと権代敦彦さんによるもの。
権代敦彦:子守歌―メゾ・ソプラノ、ピアノ、児童合唱とオーケストラのための*
〈休憩〉
シューマン[マーラー編]
交響曲第3番変ホ長調 作品97『ライン』
指揮:川瀬賢太郎
*藤井美雪[メゾ・ソプラノ] 野田清隆[ピアノ]
名古屋少年少女合唱団

2015年5月22日(金)18:45〜
愛知県芸術劇場コンサートホール


2年ぶりの名フィル定期演奏会。
2年ぶりの芸文!!

ということで、そわそわでした。
2年も聴いていなかったんですね。
前回聴いた名フィルは確かブラビンスさんのヴァーグナーでした。
そのあといろいろとあって大きな(?!)音楽が聴けない状態になって、
で、今年に入ってなんとかかんとか聴けるような精神状態になり、2月にN響を聴いたのでした。
パーヴォ・ヤルヴィ指揮のマーラー交響曲第1番はよかったです!!
エルガーのチェロ・コンチェルトも気持ちよかった!!!
(ブログに書く予定だったのですが、ちょうど家の売却時期と重なって
わけわかんないことになってしまいました……少し残念)
前にヤルヴィを聴いたのは、フランクフルト放送交響楽団を指揮したとき
大事故が続いて起きた演奏会だったので、
それ以来なんだかずっと心配だったんです(汗)


感想文を書く前に、久しぶりということもあり
新鮮に感じたことが2点あったので、まずはそれらについて。

その  ̄藾佞始まる前のステージ上の左右に、
携帯や補聴器の電源を切ってくださいという内容の
巨大な注意喚起ボードがっ!
「うおおおおっ」という感じでした。本当はこういうものがなくても、
誰もがきちんと注意できるようになればいいですよね。
携帯や補聴器については、かなり浸透していると思うし、もっと注意すべきは、
演奏中のおしゃべりだったり、
チラシ音だったり、
飴ムシリ音だったり、鈴の音だったりするのですが、
これは今回目にしたようなボードに全部書くのが難しいし、
やはり個人個人のマナーの問題でもあるんでしょうね。。。

その◆〆2鵑聾代敦彦さんの曲の前に、その曲についてのプレトークがありました。
以前までのプレトーク(に限らずマイク使用の場合)って、「聞きたい」と思っても、
マイクの音がわんわん響いて、ほぼ聞き取り不可だったのですが、
今回はビックリするほどクリアに聞えました。音響などが変わったのでしょうか。


さて、2年ぶりの名フィル定期は、というと
言葉を失う……というか何と言うか、その場だけでは終らない、終ってくれなかった、
ある意味、身体に優しくない演奏会でした

『子守歌』というぐらいですから、子守歌だと思っていたら、そうではありませんでした。

この曲を名フィルの定期に入れた意味(意義)について川瀬さんから、
作曲に至る経緯などについて権代さんからお話がありました。
マイクのハウリングがなかったこともあり、明瞭に聞けてしまった。。
ただ、その経緯を知らなくても、十分、なんだろう、、、のしかかってくるものは間違いなくあったと思います。

2013年10月にたまたま川瀬さんは東京でこの『子守歌』を聴衆として聴き、
「非常に衝撃を受け」名古屋でもやらなければいけない……という、
一種使命感のようなものを感じたそうです。
初演は大阪、次がその東京。そして、今回名古屋での演奏となりました。
曲が作られた経緯なのですが、この曲の元になっているのは、2001年6月に大阪の池田市で起きた児童殺傷事件で、亡くなられたお子さんのお母さんが綴った手記だそうです。
この手記のことを知った、22世紀クラブが権代さんにこの手記をテキストにして「鎮魂歌」を書いてほしいと依頼し、生まれたのがこの曲『子守歌』。
でも、権代さんは「決して鎮魂歌ではない」とおっしゃっていました。
そして、カトリック教会のオルガニストでもあり、
敬虔なカトリック教徒でもある権代さんは、(失われた)命の永遠さや
(罪を犯した者への)神の救いというものもキリスト者としての立場で
曲の中で表現してみたかったとのこと。
たしかに全く「鎮魂歌」ではなかったです。
魂が鎮まるというよりも、次から次へと悲鳴や慟哭のようなものが沸きあがり
忘れたい、忘れられたらどんなにいいか……と思っている記憶を
抉り出し、これでもかと思い出させるような。。。
でも、そういう怒号や悲しみに満ちた魂を「忘れないよ、いつも一緒だよ」と
なだめつつ鎮め、自分も自分の心に折り合いをつけていくというのは
一種の「鎮魂歌」なのかなぁ。。。(あくまでもわたしの感想です)

聴いている途中で、ちょっと具合が悪くなってしまいました(悪い意味ではなく)。
なんといえばいいのか言葉に詰まるのですが、悲しいとか辛いとかというのではなく
隠れキリシタンの「おらしょ」的なものを感じてしまって、
ああいう音楽を聴くと憑依されそうになる体質のわたしにとって
「なんだか、まずいかも」と思わせるものだったんです。
日本語とラテン語まじりの詩も壮絶でした。
何度も繰り返される
「ねむれ ねむれ ねむれ」
「おやすみ おやすみ…」

ものすごく怖かった。

やはり「鎮魂歌」ではなかったです。
曲の良し悪しについては、本当に「言葉がない」に尽きてしまうのですが、
稀有な経験ができたと思います。
この曲を定期演奏会に組み入れた名古屋フィルハーモニー交響楽団には
敬意を表したいと思います。

『子守歌』の途中で席を立とうと思ったし、いっそのこと後半を聴かずに帰ろうかと思った
のですが、この曲で〆てしまうと、絶対に悪夢を見そうだったので
『ライン』聴きました。

予習はシューマンのオリジナルでしていったのですが、マーラーにかかると
同じ曲でもキラキラしてしまうんですね☆
第2楽章と第4楽章で金管がちょっと元気がなかったのですが、
それは第5楽章に向けてのエネルギー温存だったのですね!!みたいな♪
何とも絶妙に気持ちいいタメで、川瀬さんも実に楽しそうに指揮をしていらっしゃいました。

……

やはり『ライン』を聴いてよかった!

と、帰って、寝ようとしたのですが、、、、、、、

寝られなかった。
『子守歌』を思い出してしまったので。
さらに言えば、キリストの救いについて考え込んでしまったので。。。

『子守歌』の最後の部分は旧約聖書続編の『知恵の書』の中の
「若者の死」についての教えが引用されています。
書きます。

「彼は神に愛されていたので、罪びとのなかで生活していたとき、天に移された。
 悪が心を変えてしまわぬよう、偽りが魂を惑わさぬよう、彼は天に召された。
 悪の魅力は善を曇らせ、渦巻く欲望は純真な魂をかき乱す。
 彼は短い間に完成され、長寿を満たした。
 彼の魂は御心に適ったので、主は急いで彼を悪の中から、取り去れらた」


これは「若者の死」についての教えであって、固有の誰かを特定しているわけでは
ないのかもしれませんが、どうしてもわたしの中では「彼」=「加害者」となってしまって、
神の愛ってどうしてそれほどまでに寛大なの??????
神の救いっていったい????
魂の救済って?????
と、その考えが頭の中をぐるぐるしてしまったんです。
今でもぐるぐるしてるんですけど。
確か、あの事件の動機って「死刑になりたかった」だと思います。
で、驚くほど早く刑が執行されました。
そのあたりのことも考えると、さらに被さってしまうわけです。
彼は赦され、彼の魂も救済されたのかって。。。
うーん。。。。
どういうことなんだろう、あの歌詞の意味は。

ご存知の方はご存知だと思うのですが、現在、キリスト教の勉強中です。
洗礼を目指し布池教会にキリスト教の教義の勉強を受けに通っているものとして、
こういう神の愛や神の救いを、自分の中で咀嚼して受け容れることができるのか・・・
洗礼まではまだまだ相当時間がかかるななどとも思ってしまいました。

神の救済については、神父様にお伺いすればいいじゃない!
とも思ったのですが、この歌詞や曲そのものについて説明をしながら
お聞きするのも、なかなか容易なことではないし。


ああっ、わからない!!!!!

午前3時すぎまで悶々としていて、
思わずツィッターに「名フィルで『子守歌』聴いたから眠れない」と投稿したら
「わかります」と存じ上げない方から早速リプをいただいたので
「ああ、わたしだけじゃないんだ」と、ちょっと救われました。。。

救いオチ。。。

えっ

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